東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4625号 判決 1962年10月31日
主文
一、被告は原告に対し三、六一五、六六八円およびこれに対する昭和三六年六月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、この判決は仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一、被告は昭和三三年九月三〇日から荷造材料の販売および梱包等を業とする訴外弘陽商運株式会社(以下弘陽商運という。)の代表取締役である。
二、被告は弘陽商運の代表取締役として別紙目録表示のとおり訴外中央自動車株式会社(以下中央自動車という。)にあてて約束手形五四通(以下本件約束手形という)。を振出した。
三、原告は中央自動車のため本件約束手形を割引き、中央自動車から本件約束手形の裏書譲渡を受けた。
原告は本件約束手形中1ないし10手形(以下単に1ないし10手形というように略称する。)を訴外日本ダンロツプ護謨株式会社(以下日本ダンロツプという。)に裏書譲渡した。
四、ところで日本ダンロツプが1ないし10手形を、原告がその他の本件約束手形全部を、各満期に支払のため支払場所に呈示したが、いずれも支払を拒絶された。
そこで原告は1ないし10手形をその満期後に、日本ダンロツプから各手形金額を支払つて受戻した。
よつて原告は現に本件約束手形の所持人である。
五、被告は弘陽商運の職務を行うにあたり本件約束手形を振出したが、本件約束手形の振出につき悪意または重大な過失がある。すなわち、弘陽商運は昭和三四年四月一七日当時資産として什器備品五〇万円および売掛金債権四〇万円を有するにすぎないのに、千二百余万円の債務を負担し、破産状態にあつた。被告は弘陽商運の資産状態を知悉し、本件約束手形金について各満期にその支払資金を調達できないことを予見しながら、悪意をもつて本件約束手形を振出した。
仮に被告が不注意によつて右のとおり予見しなかつたとすれば重大な過失がある。
以上のことは11手形が振出後間もない昭和三四年八月三一日に預金不足の事由をもつて支払を拒絶され、その後弘陽商運が東京手形交換所から取引停止処分を受け、その他の本件約束手形がいずれも停止処分後の事由をもつて支払を拒絶されたことからみても明らかである。
六、弘陽商運は昭和三四年八月末ごろ営業所を閉鎖した。また中央自動車は昭和三六年三月三一日現在の貸借対照表に前記繰越損失金一二、六〇九、九〇二円を計上するような破産状態にあり、同表の売掛金債権四、〇〇八、一二八円は弘陽商運に対する債権であり、その他の資産勘定も名目上のものにすぎず、弘陽商運は本件約束手形金を支払能力を有しない。
したがつて原告は本件約束手形金三、六一五、六六八円相当の損害を被つた。
七、よつて被告は商法第二六六条の三第一項に基づき、原告の被つた損害を賠償する責任があるから、原告は被告に対し前記損害金三、六一五、六六八円およびこれに対する本件訴状送達日の翌日である昭和三六年六月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
証拠(省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
一、原告主張事実一、二は認める。同三の事実は知らない。同四の事実中支払を拒絶したことは認めるが、その他の事実は知らない。同五の事実中支払拒絶とその事由は認めるが、その他の事実は否認する。同六の事実中弘陽商運に関する部分は否認し、中央自動車に関する部分は知らない。
二、本件約束手形の現実の振出日は本件約束手形記載の振出日より一週間ないし一カ月前であつた。なお本件約束手形中1ないし12 14 18 22 25 29 31 35 37 40 43 47 48 52手形二五通金額合計六一五、六六八円は弘陽商運が中央自動車から購入した自動車の月賦代金の支払のために振出し、15 16 23手形三通金額合計四五万円は弘陽商運が中央自動車と融通手形を相互に交換するために振出し、その他の手形二六通金額合計二五五万円は弘陽商運が中央自動車から長期金融を受けたときに振出したものである。
証拠(省略)
理由
一、被告が昭和三三年九月三〇日から弘陽商運の代表取締役であつたこと、被告が弘陽商運の代表取締役として中央自動車にあてて本件約束手形を振出したことは当事者間に争がなく、甲第一一、一二号証の各一・二(成立について当事者間に争がない)第一号証ないし第一〇号証、第一三号証ないし第五四号証(いずれも各表面部分の成立に争がなく、各裏面部分は証人小川浩業の証言によつて真正に成立したものと認められる。)同証言および証人岡田敏男の証言によれば、原告は手形割引によつて中央自動車から本件約束手形の裏書譲渡を受け、その内1ないし10手形を日本ダンロツプに裏書譲渡したこと、日本ダンロツプが1ないし10手形を、原告がその他の手形全部を、各満期から六日間以内に支払場所に呈示したが、いずれも支払を拒絶されたこと(ただし、支払拒絶自体については当事者間に争がない。)、原告は1ないし10手形を、その満期から三週間以内に、日本ダンロツプに各手形金額を支払つて受戻したこと、および原告が現に本件約束手形の所持人であることが認められ、右認定に反する証拠はない。
二、そこで被告が本件約束手形の振出につき悪意または、重大な過失があつたかどうかについて検討する。
弘陽商運が荷造材料の販売および梱包業等を目的とすることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第五七号証によれば弘陽商運の目的には右の外に繊維原料および製品、鉄鋼および非鉄金属ならびに同製品、土木および建設機械、車輌、自動車部品、各計器、工作機械、燃料、木材、ゴム、皮革、染料、塗料、工業薬品、プラスチツク製品等の販売業等が含まれていること、弘陽商運の発行済株式の総数は四千株(一株五百円)であることが認められ、また証人高橋良一の証言および被告本人尋問の結果(ただし後記の信用しない部分を除く。)によれば、弘陽商運は東京都江東区深川佐賀町一丁目八番地に建坪一〇坪位の事務所を借りて本店を置いていたが、昭和三四年四月当時資産として三輪自動車四台と事務用の什器備品があつた外、他にみるべき資産がなく、その反面、友人等から借入れた負債(短期金融)が四百万円位あつたこと、しかし被告はかねて昭和三三年末ごろ弘陽商運の相談役の訴外高橋良一と協議し、弘陽商運の経営方針として、運送部門を五〇%、商事部門を三五%、梱包部門を一五%の割合をもつて事業を拡張する計画をたてたこと、これによつて運送部門で一カ月三〇万円、商事部門と梱包部門で一カ月二〇万円の利益を上げる予定であつたこと、しかし右計画を遂行するためには前記の四百万円の短期借入金を長期借入金に変更し、延期された返済期までに前記の各部門特に商事部門の事実を拡張し、銀行から融資を受けられるような企業状態にもつていくことが必要であつたこと、弘陽商運は自動車運送事業の免許を受けていなかつたが、運送の顧客をもつていたので、昭和三四年四月ごろ中央自動車から中古品の自動車二台等を月賦購入し、その月賦金の支払のため、約束手形を振出し、その一部が1ないし12 14 18 22 25 29 31 35 37 40 43 47 48 52手形二五通金額合計六一五、六六八円であること、次に短期借入金を長期借入金に変更するため、中央自動車から手形割引によつて長期の金融を受け、その割引の手形の一部が13 17 19 20 21 24 26 27 28 30 32 33 34 36 38 39 41 42 44 45 46 49 50 51 53 54手形二六通金額合計二五五万円であること、昭和三四年四月当時商事部門の事業としては消火器の販売を計画していたが、同年六月末ごろ販売元で卸売を中止したので、右計画を実行できなかつたこと、次に弘陽商運は同年同月中旬ごろ、訴外キスター商事株式会社から製品の販売についての営業権の譲渡を受け、その対価として二五〇万円を支払つたが、右訴外会社が同年七月末ごろ資金面に行詰り倒産状態となつたため、当初予定した利益が得られなかつたこと、かようにして商事部門における計画が殆んど挫折し、運送部門における利益は借入金の利息および商事部門の諸経費に使用され、同年四月から同年八月まで赤字続きの経営であり、遂に同年八月末ごろ不渡手形を出したこと、弘陽商運の負債は一、二〇〇万円に達し、資産としては売掛金債権および什器備品等が四〇万円位あつたのにすぎないこと、15 16 23の手形三通金額合計四五万円は弘陽商運が中央自動車と相互に融通手形を交換した際、中央自動車に振出したものであることが認められ、右認定に反する証人小川浩業、同高橋良一および被告本人の各供述部分は信用できない。他方証人小川浩業の証言によれば、中央自動車の代表取締役の訴外小川浩業は弘陽商運が貨物運送事業によつて利益を収め、本件約束手形を各満期に確実に支払つてくれるものと信じて前記認定のとおり弘陽商運と取引したことが認められ、他にこの認定を動かすにたる証拠はない。
以上の認定事実によれば、被告は弘陽商運の代表取締役として、弘陽商運の事実遂行につき適確な方針がないのに、いたずらに商事部門の事業を拡張し、漫然と商事部門において利益を上げ、ひいては銀行から融資を受け本件約束手形金の支払資金を確保できるものと軽信して本件約束手形を振出したものと認めることができ、かく信ずるにつき重大な過失があつたものといわなければならない。
三、甲第五五号証第五六号証(証人岡田敏男の証言によつて真正に成立したと認められる。)同証言および証人小川浩業の証言によれば、中央自動車および弘陽商運はいずれも本件約束手形金を支払う能力のないことが認められ、原告は本件約束手形金三、六一五、六六八円相当の損害を被つたものということができる。
四、そうすると被告は商法第二六六条の三第一項に基づく損害賠償として、原告に対し三、六一五、六六八円およびこれに対する(原告において本件約束手形を取得した後であることが前記認定事実に従し明らかであり、かつ本件訴状送達日の翌日であることが記録に照らして明らかな)昭和三六年六月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて原告の本訴請求は正当と認められるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
手形表
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